■ザランダ連続殺人事件■


 血溜まりの中でムスタディオが死んでいた。
 顔を床にめり込ませてマラークが死んでいた。
 空き樽の中で逆さまになってラファが死んでいた。
 天井に突き刺さってオルランドゥが死んでいた。
 扉の外でメリアドールが死んでいた。
 頭部をへこませて労働八号が壊れていた。
 アグリアスは……泣いていた。
「ぜんぶわたしが……私がやってしまったんだ……」
 あまりの惨状に、ラムザは呆然としていた。
「なんてことだ……」



 ザランダは賑やかだった。
 路銀を稼ぐための儲け話も無事に片付けて、ラムザ達一行は久々に全員顔をあわせた。
 誰の顔も懐かしく、そして変わらない。
 それが嬉しくて、杯を重ねるのが止まらなかった。
 だから油断した。
 ラムザはついつい言ってしまった。
「僕も一杯……貰おうかな」
 それが全ての始まりだった。



「よしよし、ぐぃーっといけぐぃーっと。なんだお前、イケル口じゃんかよ〜」
 べろんべろんに酔っ払ったムスタディオが囃し立てた。
 珍しく酒を注文したラムザに、男性陣も女性陣も、ともに嬉しげだ。
 杯が乾く暇も無く、つぎつぎにおかわりが注がれてゆく。
 全員酔っ払っていた。
 誰も止める者はいなかった。
 気が付いた時には、酷く気分が悪くなっていた。これはヤバいかも……。
 ラムザはラファを手招いて頼んだ。
「悪いんだけど、ちょっと水を一杯……」
 にこやかに駆け寄ったラファは、ラムザの顔を見るなりびくりと跳びすさった。
「れ、れ、霊がいるわ〜〜〜〜〜〜っ」
「なんだとーーーーーーっ!!!」
 残りのメンバーが唱和する。
「もももっ、モンスターなのかっ」
 一番ビビっているのはマラークだった。実家が陰気な職業を営んでいたため、怖い話に
はひときわ過敏なのである。何かトラウマでもありそうなうろたえぶりであった。
「違うわ、ゴーストじゃない……でもなんか、すんごく性格悪そうなのが、未練たらたら
でラムザにとり憑いてる」
 妹の方は、逆にあまりにも膨大な具体例を目撃して耐性が出来ているらしい。
「まったまたァ。いるんだよなー、酒飲んでると『出た!』とか言って騒ぐ奴。盛り下が
るんだよネー……あー、やだやだ」
 冷淡な反応を示したのはムスタディオである。彼はもともと、曖昧な存在が気に食わな
い性質なのだった。特に、観測不可能な事象に対し、敵愾心のようなものを持っているら
しい。
「なんだと貴様……妹の霊視を虚言とぬかすか」
 マラークが気色ばみ、ムスタディオと火花を散らす。
 それには構わず、女性陣が心配してラムザの周囲を取り囲んだ。
「気分が悪いのか、ラムザ? 少し風に当たったほうが良いのではないか?」
「わたし、お水持ってくるわ」
「ちょっとメリーもアグもあっちいってよ! これはあたしの専門なんだから!」
 レーゼだけは、面白そうに事態を静観している。
 顔を伏せていたラムザが、険しい面を上げた。
 なんとなく剣呑な雰囲気に、皆の頭上にはてなマークが浮かんだ。
 そして一瞬の後、ラムザの信じられない一言に驚愕して言葉を失った。
「ごちゃごちゃ五月蝿いンだよ、このあまっこどもがッ!!」



 酒場の一角が静まり返った。
 全員の体が凍りついた。。
 ラムザの口に出した言葉とは到底思えない。
「ったく、静かに呑めねえのかよてめぇらは。あきれンぜ」
 思い切りぶんむくれた顔をしたラムザが、口を捻じ曲げて吐き捨てた。
「ななななな……」
 あまりのことに言葉も出ないアグリアス。
「どういうこと? どういうことよ?」
 混乱するメリアドール。
「霊よーーーーーッ!!!!」
 絶叫するラファ。
 興味深げに、ベイオウーフが尋ねた。
「つまりこれは、誰かの霊がラムザに憑依した言うことかい? 今喋っているのはラムザ
とは別の人格だと?」
「その通りよ! 誰だか知らないけど、そうとうひねくれてるわね!」
 ラファは断言した。納得のいかないのはムスタディオである。
「ありえねェ!! なんでこんな酒場の片隅で酒盛りしてる時に、どうして霊だのなんだ
のが出てこれるんだ? どんな無神経なヤツだよそいつぁ!」
 ムスタディオは酒が回り、すっかり出来上がっていた。
 ラムザの胸元を絞り上げてがっくんがっくん頭を揺らす。
「てんメェ〜〜〜〜〜〜ラムザぁ〜〜〜〜〜〜〜〜、そんな田舎芝居で女の気を惹くなん
てなァ邪道だぜぇ〜〜〜〜〜〜。いいかげんに諦めやがれぇ〜〜〜〜〜〜!!!!」
「グォ、苦しいンだよこのクソガ……うぷっ」
 ラムザの顔色がみるみる悪くなった。
「この馬鹿ちんがぁーーーーー!!!」
 手加減なしでアグリアスが拳を振るう。
 ムスタディオは血反吐を吐いて仰向けに倒れ、黄泉路へ旅立った。
「アグリアスがムスタディオを殺した!!!」
 混乱した(もちろん彼もべろんべろんに酔っ払っていた)マラークが、恐怖にぶるぶる
と震えながらアグリアスを指差した。
「なんだと、人聞きの悪い! あれはわたしが殺したんじゃない、ヤツが勝手に死んだん
だ!」
「次は俺が殺される! 殺されるんだ!! 頼む、殺さないでくれーー!!」
 マラークは土下座して許しを請うた。よほど怖かったのであろう。
 しかしそれは、誰がどう考えても火に油を注いでいるようにしか見えなかった。
「黙らんか、このスカポンタンがぁーーーーーーーッ!!!」
 アグリアスは思い切りブーツを振り下ろした。板が割れる嫌な音が響き、マラークの顔
が床にめり込んだ。
 土下座の姿勢で……マラークも、死んだ。



 その頃、兄のことなど露ほども気にかけず、ラファはラムザの対応にかかりきりだった。
「ちょっとあんた、何者なのよ」
「うるせぇンだよくそちび。ぎゃんぎゃん吼えるな。おいねえちゃん、酒頼む」
「あ、はい……」
 ラムザは、ラファのことなど歯牙にもかけず酒を要求する。
 メリアドールはひとつ返事で走り去った。
「くそちびって……、あんた何様のつもり!? 成仏もしないでふらふらしてる低級霊の
分際で生意気よ!!」
「わけわかんねえこと言ってンじゃねェよ。糞して寝ろ、しょんべん臭ェガキは」
 ちょうど戻ってきたメリアドールから杯を貰い、一息に飲み干す。
 ラファはあまりの怒りに言葉に詰まり、ぶるぶる震えている。
「ねえちゃん、おかわりだ」
「あったまきた!!! アグリアス、あたしにもお酒っ」
「あ、あぁ……」
 アグリアスは慌てて杯を取ると、オルランドゥとベイオウーフが注文した火酒の壷を傾
けた。
「ガキじゃないのよあたしはッ!!!」
 アグリアスの手から酒盃をひったくり、勢いのまま一息に杯を干すラファ。
「……ヒック」
 一瞬後、白目を剥いてひっくりかえり、そばにあった空き樽の中にころげ落ちて逆さま
になった。
 ラファも死んでしまった。



「騒がしいことだな」
 一人静かに呑んでいたオルランドゥが、ゆらりと立ち上がった。批判的な目つきでラム
ザをねめつける。
「おぬしはもう少し、酒の呑み方を覚えるべきだな」
 ラムザの眉がぴくりと跳ね上がる。
 殺気立った表情で、オルランドゥを睨みつけた。
「じじぃ、てめーに酒の呑み方を指図されるいわれはねえンだよ」
「じじぃとな!?」
 オルランドゥの顔が、瞬時に修羅へと変貌した!
 日頃穏やかな剣聖の変貌に驚愕するアグリアス。オルランドゥは憤怒の闘気をまといつ
つ、靴音高くラムザに歩み寄る。
 むろん、オルランドゥも顔には出ないが、べろんべろんに酔っ払っていたのであった。
「こわっぱがーーーーッ!! わしをじじぃ呼ばわりするのかーーーーーーっ!!!!」
 電光石火で右手を繰り出し、ラムザの股間を握り上げる。
「〜〜〜〜っっっ!!!」
 思わず、情けない悲鳴を漏らしそうになって必死に飲み込むラムザ。
「くっくっくっく。『子供』のくせに、おいたをするでない」
 皮肉げに、ニヤリと笑うオルランドゥ。普段の行動からは考えられない姿に、眩暈をお
ぼえるアグリアス。
 が、ラムザも負けてはいなかった。
 こちらも右手を繰り出すと、オルランドゥの股間を握り締める。
 剣聖も思わず歯を食いしばり、必死に悲鳴を堪えた。
「吠えンなじじぃ。現役引退のくせによ」
 オルランドゥのこめかみに、めりめりとぶっとい青筋が浮かぶ。
 見習い剣士と剣聖は、同時に飛びすさると、腰の剣を抜いて構えた。
「愚弄は許さぬッ!!! わしはまだまだ現役だぁーーーーーーッッ!!!!」
「ふざけろ、くそじじぃ!! 年寄りは年寄りらしく、犬の散歩でもしてやがれッ!!!」
 椅子とテーブルを蹴倒しつつ、狭い空間で器用に剣を操って、二人は斬撃を打ち込みあ
った。
「小僧、食らえ!! 北斗骨砕打ぁッ!!!!!」
「なンのこれしきっ! 闇の剣ッッ!!!!!」
 双方ともに、本気であった。このままではどちらかが死ぬ!
 不吉な予感に駆られたアグリアスは、あわてて隙を見つけて二人の間に飛び込んだ。
「ま、まてまて待てーー! ラムザ、オルランドゥ伯、剣を引いてくださいっ」
「俺はラムザなンかじゃねぇぞっ」
「口出し無用っ。そこを退けアグリアスッ」
 どちらも一歩も引かぬ構え。アグリアスとしては、血を見る前になんとしても二人を止
めるしかなかった。こうなったらぶん殴ってでも黙らせるほかはない。
 どちらのほうが楽に眠らせられるか。考えるまでもなく、アグリアスはラムザに向き直
って拳を握りこむ。……しかしやはり、少年の顔に拳骨を打ち込むのは気が引けた。
「えぇい、邪魔だアグリアス! どかぬと言うなら乳を揉むぞ!!!!」
「下品ですよオルランドゥ伯!!!!」
 血相を変えて振り返ったアグリアスは、なんのためらいも無くタイガーアッパーカット
を雷神のアゴに打ち込んだ!
 オルランドゥの体は垂直に飛び上がり、酒場の天井を突き破って動きを止めた。
 下半身だけを天井から垂らし、ぴくりともしない雷神シド。
 やがてぽたぽたと赤い雫が垂れはじめ、床に血溜まりを作った。
 オルランドゥ伯もまた、死んでしまった。



 ラムザは鼻を鳴らすと椅子に座り直し、ガンガンと杯でテーブルを叩いた。
「酒!! おせぇぞ!!!」
「はいはい、ただいま」
 物陰に身をひそめて様子を窺っていたメリアドールが、酒壷をかかえて戻ってきた。
 手近な椅子を引き寄せてラムザの隣に座ると、彼の酒盃に酒を注ぐ。
「どうぞ」
「ふン、すまねえな」
 ラムザはぐぃぐぃと酒をあおり、メリアドールはそのたびに注ぎ足した。
 なんとなくアグリアスは、居場所を失ったようで、いたたまれない雰囲気を感じてしま
う。
「ふう〜……。いい酒に……いい女。悪かねえな」
 ラムザの漏らした言葉に、アグリアスの心が波立った。
 メリアドールは顔を輝かせる。
「まあ、ラムザ……。いい女って、わたしのこと?」
「ねえちゃん以外に誰がいる?」
「もう、ねえちゃんだなんて、乱暴ねえ……」
 今さら言うまでも無いことかもしれないが、もちろんメリアドールもべろんべろんに酔
っ払っているのである。
 神殿騎士は、ラムザの左腕を抱え込んでしなだれかかった。
「メリー……って呼んで……」
「……メリー、か。いい名だな」
 アグリアスは危険な兆候を感じた。
 この雰囲気はやばい。なんだか分からないがとってもやばい。
「ラムザの方こそ、今夜はワイルドで……素敵よ」
「俺はいつでもこうだぜ」
 きゃっ、とか何とか言って、メリアドールの顔がほころんだ。
 頬を染めてラムザから視線を逸らしつつ、
「なんだか今夜は、……抱かれてもい・い・か・も」
「不許可不許可不許可不許可ーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!」
 アグリアスの鉄拳が炸裂した。
 目をつむって前なんか見えてないのに、野生の勘でその拳はメリアドールにクリーンヒ
ットし、致命傷を与える。
「ひーーーーーーどーーーーーーいーーーーーっっっっ!!」
 叫びながら店の入り口に向かって吹き飛び、盛大に扉を(人型に)ぶち破った。
 こうして、メリアドールは絶命した。



「アグリアス、邪魔すンじゃねえよっ!!」
 なんだかアグリアスは泣きたくなった。
「黙れ! 子供のくせに女なんか口説くな!! 馬鹿!」
 不毛な罵り合いになりそうなところを、割って入るものがある。
「ゴシュジンサマ……コレイジョウ オサケヲ ノンデハ イケマセン」
「何だよこの鉄クズは!? ど、ど、どうして喋ってンだ、おい!」
 どうやら、ラムザは労働八号の記憶を無くしているようだった。いや、ラムザに別人格
が憑依しているというのが正しければ、そいつは機械人形の知識を持たぬ者なのだ。
「忘れたのか? これは労働八号という名の、お前の召使いのようなものだ」
「俺は知らねえよ、こんなもん。誰か中に入って脅かそうとしてンじゃねぇのか?」
 ラムザは少々怯えているようにも見えた。無理も無い。
 機械も魔法も、イヴァリースの一般人にとっては脅威でしかないのだ。
「とにかく、お前の指図なんか受けねえぜ。俺ぁ食いたい時に食って、呑みたいように呑
むンだよ」
「オカラダニ サワリマス ラムザサマ」
 さっきからなんなんだよ、とラムザは声を荒げた。
「俺はラムザじゃねェって言ってンだろが! どうやったらあいつと俺様を見間違えられ
るってンだ!?」
「セイモン ガンモン コッカク スベテ カコノ ラムザサマノ データト イッチシマス」
「わけわかんねえこと言うンじゃねえ!」
 ラムザは乱暴に、労働八号のボディを蹴り上げた。
「こ、こらラムザ! 乱暴するな!」
 乱暴なのはお前だろ、と言うかわりにラムザは労働八号を問い詰めはじめた。
「だいたいだなあ、ラムザみてえなお子様に、こンな酒が呑めるかよ」
 手酌で酒を注ぎ、一気に飲み干す。
「アナタハ ラムザサマ デス」
「ケッ。いけすかねえ機械だぜ。どっか壊れてンじゃねえのか、このポンコツが!!」
 労働八号は、悲しそうに双眼を明滅させた。
「ラムザサマハ ランボウナ コトバヅカイハ サレマセン」
「その通りだよ、分かってンじゃねえか、ウスノロ」
「……」
 労働八号は沈黙している。なんだかアグリアスは胸がいっぱいになった。
「ラムザ、そんな言い方はいけない」
 しかしラムザは彼女を無視して言った。
「おいポンコツ、俺を御主人様と呼ぶなら俺様の言うことを聞きな。人形は人形らしく、
黙って壁でも飾ってろ」
「リョウカイ シマシタ」
 労働八号は、言われた通り壁際に近づくと、手足を畳んで丸くなった。
 それがとても寂しそうで、アグリアスはどうしてもラムザの言うことに反発したくなっ
た。
「おいハチ! あいつは確かにいつものラムザじゃない。言うことなんかきかなくていい
んだ、起きろ!」
 叩いてもゆすっても、労働八号は無反応だった。
 ラムザはゲラゲラと笑った。
「ポンコツだからな、壊れちまったンじゃねーのか」
「そんな、まさか。本当に……!?」
 狼狽するアグリアスの脳裏に、オヴェリアの言葉が回想される。
『いいことアグリアス、調子の悪い機械はこうすれば直るのよ』
 それだ! ナイス姫様、ありがとう!
 心の中で礼を言うと、アグリアスは右手を振りかぶった。
「斜め45度でチョーーーーーーップ!!!!!」
 鈍い音がして、アグリアスの右平手が労働八号の頭部にべっこりめり込んだ。
 ビーーーーーーッとやばめのエラー音がして、労働八号の身体各部から蒸気が噴き出す。
「え……あ……ひ、姫様ーーーっ!?」
 こうして労働八号も壊れてしまった。



 店の中は酷い有様だった。
 仲間たちは全員倒れ、いつの間にか他の客や店員は姿を消していた。
「ラムザ……どうしてしまったんだ。いくらなんでも、これは酷い」
「酷いって何がだ? 全部おめーがやったンじゃねーかよ」
 アグリアスは言葉に詰まった。
 言い返せない。確かにその通りなのだから。
「だいたいおめーは、いちいち言うことが硬い。つまらねえ。うっとおしーンだよ。酒が
まずくならぁ」
 アグリアスは傷ついた。
 いつものラムザではない……そう思っても、彼の声でそんな言葉を聞かされるなど、あ
ってはならないことだった。
「そうか……そうだったか」
 唇を噛み締める。
 心の底では、そんな風に思われていたのか。
 騎士として年長者として、認められていると自惚れていた。
 ……堪えようとしたが、堪えきれない。
 止めようもなくあふれ出るもの。
「おい……アグリアス? おめえ……まさか、泣いてんのか?」
 とたんにラムザの声が動揺した。
「やめろよ。嫌いなンだよそういうのは」
 ラムザの言葉は空しく宙へ消えてゆく。
「その……悪かったよ。俺ぁ、おめえさんのことは好きじゃねえが……悪いヤツじゃぁね
えと思ってる。悪い女でもねぇ。それっくらいは、認めてるンだ」
 好きじゃない。
 その言葉だけが、刃物のようにアグリアスの心に突き刺さる。
「いいんだ……無理して取り繕わなくても。わたしは確かに、つまらない女なんだ」
 アグリアスから顔を背けて、むすっとしながらラムザは言った。
「ありゃあ言葉の綾だよ。失言だった、忘れてくれ」
 アグリアスは黙ってかぶりを振っている。
 ラムザはため息をついて、ついでに盛大なあくびをした。
「まぁ……よ、美味ぇ酒呑んで、馬鹿みたいに騒いでよ。たまにゃあいいな、こういうの
も」
 しおらしく顔を覆うアグリアスを見て、楽しそうな寂しそうな、微妙な笑みを浮かべる。
「……本当にいい夜だ」
 もう一つ大きなあくびをして、組んだ腕にゆっくりと顔をうずめる。
「また呑もうぜ、アグリアス」
 涙を拭うアグリアスの背後で、ラムザが静かな寝息をたて始めた……。



 ベイオウーフとレーゼが物陰で隠れて書き綴った記録を読み、ラムザは卒倒しそうにな
った。この傍若無人な言動が、自分のものとは信じられない……。
 メモでは死亡したと描写された仲間ももちろん気絶しているだけで、全員を部屋に上げ
て介抱するのがまたひと苦労だった。
 しかし、本当の問題はその後だった。
 なにせアグリアスが、部屋に引きこもったまま出てこない。
 一部始終を知っているベイオウーフとレーゼに相談したが、的確なアドバイスは得られ
なかった。
「若者よ、大いに悩め」
 無責任極まりない言い草である。また、こうも言われた。
「誠心誠意、それしかないわね」
 いったい何を言えば、どう行動すれば、いかなる贈り物を捧げれば許してもらえるのだ
ろう。だいたい、自分に加害者としての記憶が無いというのが、ラムザにとっては理不尽
このうえないことなのである。
 しかし、アグリアスに『あれは自分が言ったんじゃないから気にするな』とはとても言
えなかった。それこそ一生許してもらえなくなってしまう。
 無い知恵となけなしの経験を振り絞り、とりあえずラムザは街へ出て花束を買ってきた。
 正直、自分が手にしている花がどんな種類かも分からない。
 アグリアスの居室の前に立ち、緊張に強張った手で、控えめにノックする。
 いらえは無い。
「あの……ラムザです。少しお話したいのですが……」
 言いつつ、もう一度ノック。
 数瞬が経過し、ラムザが諦めて引き返そうとした時、返事があった。
「……入れ……」
 少年は深呼吸して、扉を開けた。



『ザランダ連続殺人事件』END
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