その日は、聖アジョラの聖誕祭だった。
ラムザ達一行は、信仰というものに対して懐疑的にならざるを得ない状況であったが、
それでも長年慣れ親しんだ習慣を断ち切ることは難しい。祭りのルーツはともあれ、ざわ
めく街を見れば心も浮き立つ。
とはいっても、聖誕祭であるがゆえに、街で宿を取ることは許されなかった。教会関係
者も大勢街をうろついているため、見咎められる危険が大きかったのだ。なにせ彼らは罪
人であり、教会の追手に狙われる背教者であり異端者だ。たとえ当人達に、何ら自覚が無
かったとしても。
結局、街から離れた場所(酔っ払いが間違って近づかない程度の距離を取る必要があっ
た)にテントを張って、野営の準備をした。お祭り気分だけでも味わうために、街へ強行
偵察及び物資調達部隊を派遣することが、満場一致で可決される。志願者を募ると、アグ
リアスが手を挙げてこう言った。
「顔が知られている私が残ろう。皆は楽しんで来ると良い」
残りの面々は顔を見合わせると、遠慮もせずにさっさと用意を整えて、街へと繰り出し
ていった。
「結構薄情な奴らですね。みんな街へ行ってしまった」
幸い風も無く穏やかな天候であったので、天幕のすぐ外で焚き火を熾した。冬の陽が落
ちるのは早かったが、一面の雪がわずかにそそぐ星明りを反射するので、それほど暗くは
感じない。皮の外套にくるまって、ラムザは手を伸ばして薪をくべ足した。
アグリアスは、黙って肩をすくめてみせた。なんとはなしに、二人だけを残して仲間が
出かけた理由を察してはいたが、ラムザが気づいていないのならばあえて言う必要もある
まい。だいたい『気を利かせたつもりなのだ』などと、どんな顔で言えよう。聞いた後の
ラムザの狼狽振りを、見てみたい気もしないでは無かったが。
山の斜面から、くぼ地にある小さな街を見下ろす。普段は早くに灯を落とすはずの家々
が、今夜は煌々と明るい光を放っている。娯楽の少ない寒村だが、きっと今日ばかりは夜
を明かして騒ぐのだろう。流しの楽隊や雑技団、吟遊詩人が来ているかもしれない。そん
な暖かい風景が、遠く馴染みの無いものに思えた。自分は、なんと長い旅路を歩んできた
ことだろうか。
「ラムザは、聖誕祭というと何を思い出すの?」
焚き火をじっと見つめていた少年が顔を上げた。アグリアスと同じように、遠く街の灯
を見下ろした。
「そうですね……妹たちのケーキかな。毎年料理人達とは別に、ケーキを焼いてくれるん
です。他の家族の前に披露する前に、僕が味見をさせられるんですが、かわるがわる、ま
るで競争するみたいに食べさせるんで、夕食の前にお腹いっぱいになっちゃうんです
よ……」
アグリアスはくすくすと笑う。少年の鈍感さが可笑しかった。兄の歓心を争う妹たちの
微妙な女心の機微など、一生知らぬまま過ごすのだろう。だが、その方がラムザらしいと
思う。彼もきっと、それが他人のことであれば気付くのだろうに。
「アグリアスさんは、何を思い出しますか?」
「わたし? わたしはね……」
アグリアスが思い出すのは、一面の雪と満天の星だ。そう、まさに今見上げている夜空
にそっくりだった。どんなに遠くに来ても、空に描かれる星座の形は変わらない。
「うんと小さい頃、まだ父や母が生きていた頃のことよ……」
まだ何も知らず、目に映る世界の全てが不思議と驚きに満ち溢れていた頃。父に、雪は
どこから来るのかと問うたのだ。屋敷の窓辺でアグリアスを抱き上げ、父は彼女に夜空を
見上げるよう促した。
空にはたくさんの星があった。父はその星が少しずつ降り注いで、雪になって地を満た
すのだと言った。アグリアスは怖くなった。こんなにたくさん星が降ってしまったら、い
つか天から星が消えて、月の無い夜は本当の真っ暗になってしまう。それは小さなアグリ
アスにとって、とても恐ろしいことだったのだ。
心配するアグリアスを見て、父とは母は声を上げて笑った。不誠実な態度に抗議すると、
父は安心しなさいと言ってまた笑った。星が地上に降りたあと、天では同じ数だけ、また
星が生まれているのだと。だから空から星が消えることなど有りえない、と。
それでも小さなアグリアスは、地を埋め尽くすたくさんの雪を見ると、父や母のような
楽観はできないのだった。そしてベッドに潜ると、星の無い夜を想像しては恐怖に震えた。
それが他愛の無い冗談だと気付いたのは、いつのことだったか……。
「アグリアスさんのお父上は、詩人だったんですね」
「うん、そうね。いつも妙な本ばかり読んでいて、時々私を怖がらせるような冗談を言う
の。真実が知れるたびに、お父様は嘘つきだと言って怒っていたわ……」
それでも、と今のアグリアスは思う。
空から星が舞い降りて雪になるとは、なかなかロマンティックなほら話ではないか、と。
かすかに、街から楽の音が聞こえてくる。祭りはたけなわのようだ。
アグリアスはラムザの手を取ると、突然立ち上がってこう言った。
「ね、留守番だけじゃつまらないし、踊ろうか」
「……え、えぇっ?」
「座ってても寒いでしょ。体動かせば暖かくなるわよ」
ラムザはアグリアスの腕に引っ張られて立ち上がった。雪に足を取られて、転びそうに
なる。
「でも僕、踊り方なんて知らないですよ」
「宮廷でも社交界でもないのだもの、上手くなくてもいいのよ。それに、誰も見ていない
んだから腕前なんて気にしない」
アグリアスは、ラムザと両手を繋いで、村娘のように素朴な踊りを踊り始めた。ラムザ
も彼女に合わせて、不器用にステップを踏む。
女性騎士は、歌を歌い始めた。訪れる街の辻々で必ず聞いた、吟遊詩人が吟じていた最
近流行りの明るい恋歌だった。ところどころ歌詞が怪しかったが、そこは鼻歌でごまか
した。
「ほら、わたしにだけ歌わせてないで、ラムザも歌う! 一人じゃ恥ずかしいじゃない」
急かされて、しぶしぶラムザも歌った。時々音程が外れる。彼は音痴だった。
それがおかしくて、アグリアスは噴出してしまう。
「む、無理矢理歌わせといて笑わないでくださいよ」
「ごめんごめん、そうじゃないの。楽しくて笑ってるだけ」
半分嘘で、半分真実だった。
星降る夜に、歌い踊る。聖アジョラなど糞食らえ、だ。
時々転んで雪まみれになって、お互いの格好を見て笑い転げる。
僅かな間だけ、剣も使命も忘れて、ただの若い男と女になったような錯覚に陥った。
愉快な気持ちでラムザと二人、疲れてへとへとになるまで踊り続ける。
束の間の夢に酔いしれる。
踊る彼らの姿を見守るのは、ただ雪と月と星々だけだった。
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